例があげます。
てんせい)人語(じんご)》
負(ま)け続(つづ)ける競走(きょうそう)馬(ば)がいる。99回(かい)走(はし)って一(いち)度(ど)も勝(か)ったことがない。きょう100戦(せん)目(め)を迎(むか)える。高知(こうち)競馬(けいば)のハルウララ、7歳(さい)の牝馬(ひんば)(ひんば)である。
競馬(けいば)が異常(いじょう)なまでのブームになった30年(ねん)前(まえ)を思(おも)い出(だ)す。地方(ちほう)競馬(けいば)出身(しゅっしん)のハイセイコーが中央(ちゅうおう)競馬(けいば)に移(うつ)り、連勝(れんしょう)を重(かさ)ねたときだった。怪物(かいぶつ)と称(しょう)され、出世(しゅっせ)物語(ものがたり)を体現(たいげん)したヒーローに祭(まつ)り上(あ)げられた。しかし、その年(とし)のダービーで予想(よそう)を裏切(うらぎ)って敗北(はいぼく)する。故(こ)寺山(てらやま)修司(しゅうじ)は、その敗北(はいぼく)に「ヒーローなき時代(じだい)の混迷(こんめい)」を読(よ)みとった。
また70年代(ねんだい)、黙々(もくもく)と走(はし)り続(つづ)け、99戦(せん)にたどりついた馬(うま)をハルウララに重(かさ)ねあわせたくなる。ヤマニンバリメラといった。時々(ときどき)勝(か)つことはあったが、負(ま)けを重(かさ)ねた印象(いんしょう)ばかりが強(つよ)い。力(ちから)を抜(ぬ)かない懸命(けんめい)の走(はし)りに、少(すく)なからずファンはいた。故障(こしょう)のため、100戦(せん)を前(まえ)に引退(いんたい)した。
ハルウララは、2着(ちゃく)に入(はい)ったことが4回(かい)ある。これまで稼(かせ)いだ賞金(しょうきん)は100万(まん)円(えん)を少(すこ)し超(こ)える程度(ていど)だ。億(おく)単位(たんい)の賞金(しょうきん)を稼(かせ)ぐ中央(ちゅうおう)の強(つよ)い馬(うま)とは比(くら)べものにならない。それでも応援(おうえん)ツアーが組(く)まれるほど人気(にんき)を集(あつ)めている。1着(ちゃく)を当(あ)てる単勝(たんしょう)馬券(ばけん)は「当(あ)たらない」ということで、交通(こうつう)安全(あんぜん)のお守(まも)りにされるほどだ。
作家(さっか)の重松(しげまつ)清(きよし)さんは、負(ま)けるとすぐくじけてしまういまの子(こ)どもたちに向(む)けて、ハルウララの物語(ものがたり)を本(ほん)にする予定(よてい)だ。「負(ま)けることに負(ま)けてほしくない」との願(ねが)いが込(こ)められる。
ハルウララの母(はは)の名(な)はヒロインといった。100連敗(れんぱい)に達(たっ)するのか、予想(よそう)外(がい)の勝利(しょうり)を収(おさ)めるのか。どちらにしても、ほっとさせられる、そんな現代(げんだい)のヒロインである。