磯部さんが先に出発した。僕はバイトの都合で、一週間遅れて川村さんと一緒に出発した。まず福岡空港から羽田空港へ向かう。一時間もなかったかな。飛行機がますます上っていく。重力感が失われる瞬間は妙に気持ちよい。飛行機に乗るたびにそう思った。やっと水平に飛んでいると思ったら、またすぐ下がっていった。羽田空港からバスで成田に行く。
搭乗手続きをしたのはちょっと遅かった。おかげで、ファーストクラスのほうに席を回してくれた。二人とも一瞬びっくりして言葉も出なかった。後で知ったのだが、ファーストクラスは普通の席より10倍も高い。よく会社の偉い人や、俳優などの有名人が乗るという。僕のような貧乏人には一生二度とないチャンスだろう。
中に入ったら、案の定すばらしかった。席も大きくて快適だし、食事もおいしかった。普通の座席の三倍ほどの空間を占める。席を倒し、専用のテレビ画面で好きなように番組を選ぶ。ジュースは随時に持ってきてくれる。お菓子も置いてある。食事はちゃんとした器で出してくれる。ワインはブランド物。ああ、幸せだったな。飛行時間は9時間に及ぶので、河村さんは暫く眠った。僕は興奮して寝てはいられなかった。英語字幕の「ヒーロー」を見てから、また英語音声の「トロイ」を見た。途中で窓から外を眺めた。シベリア大陸だった。広大な土地に山が連なり、荒涼そのものだ。機体が揺れ始めた。乱気流にあったという放送が流れた。まさかと思ったので、怖くもなかった。僕ってラッキーな人だから。
飛行機はロンドン空港に着陸した。時差があるにもかかわらず僕は少しも眠くなかった。
税関を通ったときにまた厳しい検査を受けた。英国の知り合いの電話番号や住所もちゃんと持っていたから、そのまま通してくれたが。やはり国力が弱いと、どこに行ってもいじめられるな。磯部さんのお友達フリックさんに電話したら、すぐに迎えに来てくれた。ご主人はご馳走を作ってくれた。晩餐はいつも映画の中で見るシーンだった。ろうそくがついていて、細長いテーブルを挟むように座っていた。お皿が何枚も重ねておいてあった。その隣にフォークや、ナイフ、スプーンが並んでいた。一番最初に出たのはスープだったかな。ほうれん草をみじん切りにして、牛乳とクリームで煮込んだようなものだった。なかなかおいしかった。それから、パンや、おかずなど次々に運ばれてきた。もちろん、ワインもあった。みんなが言うには、イギリス料理は世界一まずいとか、ダイエットなら、イギリスに行ったほうがいいとか、とにかくイギリス料理はとても食べられない。僕は世界各国の料理はそれぞれ特色があって、イギリス料理もそれなりのおいしさがあると思う。
食事の後はコーヒーの時間。僕にとってコーヒーよりやはり紅茶がいい。紅茶も砂糖入れて、レモン入れて飲むのが一番おいしい。はっきり覚えていないが、たしかその後外に出て散歩した。