2008年4月4日 (金) 上海晴れ 18℃-12℃
今日は偶然に灌水区でこの文章を発見しました。面白く感じますので、ついでに中国語で翻訳してみました。暫く翻訳していませんでしたので、頭の働きが鈍くなり、言語がぎこちなくなった同時になんだか懐かしく思います。昨年は先生、皆と一緒に天声人語を翻訳していた種々の盛況を思い出し、懐かしさでいっぱいです。もしかすると、新たに天声人語を翻訳して始めるべく時間になると考えています。訳文の質が良いにしろ、悪いにしろ、翻訳する過程中からきっと得るところが多いと信じます。翻訳するレベルが上がる目的を達する一つの手段(しゅだん)としても悪くないです。
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今天偶然在灌水区发现了这篇文章。觉得有点意思就顺便试着用汉语翻译了一下。好久没翻译日语文章了,头脑迟钝,语言生疏的同时也觉得非常怀念。想起以前和老师以及诸位一起翻译天声人语时的种种盛况,真是令人怀念阿。也许是到了该重新开始翻译天声人语的时候了吧?不管翻訳的质量如何、相信自己总会从中学到很多。作为达到提高翻译水平目的的一种手段也是非常不错的。
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若き高校教師網野善彦氏が返答に窮したという「なぜ、平安末・鎌倉という時代にのみ、すぐれた宗教家が輩出したのか。ほかの時代ではなく、どうしてこの時代にこのような現象がおこったのか、説明せよ」という学生の疑問は(網野善彦『無縁・公界・楽』平凡社、一九七八年)、今も研究者が取り組むべき課題であることに変わりはない。治承・寿永の内乱など平安末期の混乱した社会状況から解こうとするのもひとつの方法であろうが、法然・親鸞らの思想形成を考える場合、平安後期の宗教界の状況を無視することはできない。いや、平安後期の仏教こそが、彼らを生んだ母胎であり、そこには豊饒な世界が広がっていた。
“为什么只有在平安时代末期和镰仓时代才涌现出那么多杰出的宗教家?为什么不是其他时代,而只有在这个时代才发生这种现象?请说明一下。”学生提出的这个令年轻的高中教师網野善彦氏无言以对的问题(網野善彦『無縁・公界・楽』平凡社、一九七八年),现在也依然是研究者应该认真加以研究的课题。虽然方法之一也可以选择从治承,寿永的内乱等混乱不堪的平安末期的社会状况开始来阐明,但在考虑到法然,親鸞们的思想形成的情况下,平安后期的宗教界的状况亦不容小觑。不,正因为平安后期的佛教是孕育他们思想形成的母胎,由此才展现出了一个丰富多彩的(宗教)世界。
PS:划线部分意思有待探讨。不太确定词义是否正确。请高人指教。
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