首页| 论坛| 消息
主题:[原创]未来日記
回帖:

《转贴》

全体の傾向として、口語体や方言になるほど、言葉の簡略化が進み、文字数が減ります。一方、文章語や口語でも例えば目上の者に対する場合ほど、言葉の文字数が多く、音節が増えます。 言うまでもなく、口語や方言はくだけた表現が多く、場合によってはぞんざいに聞こえることもあります。 中国の河南省の方言を取り上げた「相声(中国漫才)」があります。 真夜中に起き出して厠に駆け込む息子と、その気配に気づく父親が会話する場面です。 「誰?」 「我!」 「咋?」 「尿!」 実に単純明快ではありませんか。これこそ一文字の言葉が多用される方言だからなせる業です。日本語にもかの津軽弁の「どさ?ゆさ!」の小咄はあまりにも有名です。時にはぞんざいにさえ聞こえるくだけた方言は、余分なものを削ぎ落とした実に簡潔で洗練された言葉だと思います。 一方、小説や散文など文学作品には、会話など特別な場面を除き、一文字の言葉はずっと少ない。これについての例文は枚挙に暇がありません。 言葉はもはや最低限の意思疎通をはかるだけの道具ではありません。私達は無意識のうちにも常にくだけた方言で仲間意識を持ったり、改まった口調から相手との距離感を量ったり、また整った文章語に格調を感じ取ったりしています。 口語や方言にせよ、文章語にせよ、言葉の表現には私達人間の美意識が働いているに違いないものです。 殊に中国語においては、昔から言葉のリズムが大切にされてきました。言葉を2文字または4文字にするなど言葉の文字数を均等に整えることによって、リズムを作り、表現をより美しくより格調高いものに仕上げるのがよしとされています。これが2字熟語、4字熟語が多く使われるもっとも大きな理由の一つではないでしょうか。 中国語の美しいリズム感をもっともよく表現しているのは漢詩かもしれません。また詞のようなセンテンスごとの長短に変化をつけて、変則的リズムをとるものもあります。現代文でもその名残がなお見られ、私達はそのリズム感に言葉と触れ合う喜びを見出したりしています。 一文字ではリズムがとりにくいことは言うまでもありません。 もっともこうした現象は日本語にも見られるものです。「マスコミ」、「プリクラ」、「局アナ」、「キムタク」、ひいては一昔前の「チョベリバ」など、意識してか否か、日本人も常に言いやすく聞きやすく、言葉を改造しつつあります。


下一楼›: 初心者さんの質問をまとめると、中国語には一文字の言葉が使えないのか、どういう使い分けをし ..
‹上一楼

偶然看到某位朋友的BLOG中有以下文字,觉得好玩,就转过来了。。

文句なしの、最強の中 ..

查看全部回帖(1540)
«返回主帖