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中国最大の年中行事

「春節」の基礎知識(1)

2008年は子年

●初一だけではない春節の行事

上海エリアでの春節の主な行事一覧

旧暦新暦(2008年度)解説大年夜(12月30日)2月6日大晦日に相当。夜はCCTVの歌番組『春節聯歓晩会』を観る人が多い。親戚で集って食事をする。夜は花火・爆竹。初一(1月1日)2月7日新年がスタート。初五(1月5日)2月11日「財神」を迎える。2月10日の夜から爆竹の嵐。初十五(1月15日)2月21日元宵節 このあたりから出稼ぎ労働者が続々と戻ってくる。この日も爆竹が鳴り響く。

「年」という漢字の成り立ちは、甲骨文字からも分かるように、農作物の収穫と深く係わり合いがあり、穀物の収穫を意味しています。それだけ農業と1年の移ろいは切り離すことができません。そのため中国では漢民族だけでなく、他の多くの少数民族も春節を迎えます。中国だけでなく、韓国、ベトナムなど他のアジアの国々でも旧正月は盛大に迎えます。    日本では一部の地方を除いて、大都市では殆ど春節を祝いません。明治維新以前は春節を迎える習慣が残っていましたが、明治新政府が太陰暦を太陽暦に変えてから、元旦に正月を迎えるようになってしまいました。太平洋戦争後もこの傾向がさらに強まり、現在に至っています。ただ中国と同じように農耕文化の色彩が強い日本では、今でも太陰暦の風習が田舎を中心に残っているのも確かです。   大晦日は「除夕」といい、旧暦の正月の始まりである旧暦の1月1日は「初1」といいます。二千年近い歴史のある春節ですが、それ以前ではこの「初1」の時期がいろいろと違っていました。例えば夏の時代では1月に初1をもってきたり、秦の時代では10月に初1を持ってきたりしました。紀元前104年の西漢の時代に当時の皇帝武帝が司馬遷の勧めにより『太初暦』を導入するようになってから、それまでにあった夏暦を基礎に、現在の春節ように正月を初1とし、現在に至っています。 1911年の辛亥革命により孫文が中華民国を南京に成立し、このときに人々の生活に密着した旧暦の正月を「春節」とし、統計上の理由から新暦の1月1日を「元旦」としました。また1949年9月27日に「中華人民政治協商会議第1回全体会議」にて「公歴紀年法」が制定され、正式に新暦の1月1日を元旦とし、旧暦の正月初1を春節とし、春節を3日間休みにするように制定されました。現在では、春節に1週間休むことはしっかりと定着しています。そして、このときに田舎に帰って親戚周りをしたり、最近では旅行に行くこともすっかりとお馴染みになりました  農村では、旧正月の大晦日、つまり夕除から新年にかけて、御先祖や神様にお参りする習慣がありますが、上海では都会化の波が進み、その習慣は薄れてきました。

 それでも年夜飯と守歳とお年玉の習慣はやはり根強く残っています。年夜飯とは除夜に食べる食事のことを指しますが、友達同士が集まった忘年会なども年夜飯と呼びます。したがって、春節が近くなると、あちこちで「年夜飯」が開かれ、レストランは大忙しです。 この時には、海外や出稼ぎに行っていた家族もみんな実家に戻り、もしどうしても戻れないのなら、その人の席は必ず残しておく、といわれるぐらい家族全員が集まることを重視します。そしてその家族で一番歳いったお年寄りを中心に年齢順に座っていきます。春節に限らず、

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