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主题:[原创]未来日記
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                野菊の墓

  (私、野菊の生まれ変わりよ。身震い(みぶるい)するほど野菊の花が好きなの)

後(のち)の月(つき)(陰暦九月の十三夜の月)の時分になると、思わずに入られません。もう十年余りも昔のことですが、当時の気持ちに返って、涙が止め処(とめど)もなく湧いてくるのです。

僕の家は、松戸から少し下った(くだった)矢切(やぎり)の渡しの東の矢切村にありました。母が病気のため、市川(いちかわ)から民子(たみこ)と言う女の子が手伝いに来ていました。民子は僕の義理の従妹で二つ上の十七歳、大の仲良しで、部屋に入ってきては、私も勉強したいのと言ったり、僕の耳をつまんだりして逃げていく・・・・・・という風でした。

  でもいつか近所(きんじょ)の噂になり、母に小言を言われました。『男も女も十五六になれば子供ではありません。仲が良すぎると人があれこれ言うものです。民は十七、つまらぬ噂でお前の体に疵がつく。政夫も気をつけろ。来月から千葉の中学に行くんじゃないか?』本人たちは何の気なしなのに、人があれこれ言うので、無邪気でいられなくなってしますのです。民子の様子ががらっと変わってしまいました。

  それでも、ある日、母に言われて茄子畑(ばたけ)で茄子を捥いで(もぐ)いると、いつの間にか民子が来ていました。『私もお母さんから言い付かって来たのよ』民子はとても嬉しそうでした。このときの僕は、十日以前の僕ではありませんでした。母に叱かられて、僕の胸の中に小さな恋心(こいごころ)が湧き始めたのです。民子が体をくの字にかがめて、茄子をもいでいるその横顔を見ると、民子が美しくかわいらしく思えました。『民さん、近頃変だよ。僕を嫌いになったの』『政夫さんあんまりだわ』民子は泣き出しそうな顔で、僕をじっと見つめました。

  陰暦の九月十三日、母に言われて、僕と民子は綿つみに出かけました。山道に野菊が咲いていました。『まあ綺麗な野菊』『僕は元から野菊が大好き。民さんも好き・・・・・・』『私は、野菊の生まれ変わりよ。身震いするほどに野菊の花が好きなの』『どうりで、民さんは野菊のような人だ』まったく民子さんは野菊のような子でした。田舎風でしたが、決して粗野ではありません。可憐で優しく、品格がありました。綿を摘み、弁当を食べ、楽しい一日です。しかし、秋の日は短く家に帰ると夜になっていました。家では、二人の噂でもちきりです。二人は非難され、母から僕は、十七日には学校へ行くよう言い渡されてしまいました。

  『民さんの事ばかり思っている。学校へ行くけれど、心では民さんと離れたくない。民さんは自分の年の多いのを気にしているらしいが、僕は何とも思わない。僕は民さんの思う通りになるつもりですから、民さんもそう思っていてください』と民子に書き残して、十七日、家を出ました。小雨の降る矢切の渡しまで、民子も見送りに来ました。悲しい別れです。手を取り合って将来を語る事も出来ず、人目があるので涙も流せず、一言も交わすことなく永久の別れをしてしまったのです。しょんぼりしていた民さんの面影を忘れることは出来ません。

  僕は学校へ行ってからも、民子の事ばかり思っていました、やっと暮れになって帰省しますが、民子はいません。僕が帰る前に市川(いちかわ)へ帰されたのです。二つも年上の民子を僕の嫁にはできない、と言われ、民子はいつもくよくよしていたそうです。そんな話を聞くと家にい

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2007-09-04   曇り   火曜日

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