東鳴子温泉(ひがしなるこおんせん)は、宮城県大崎市(旧国陸奥国、明治以降は陸前国)鳴子温泉郷にある温泉。
东鸣子温泉位于宫城县大崎市(旧国陆奥国、明治以后是陆前国)的鸣子温泉乡。
アクセス
交通
鉄道 : 陸羽東線鳴子御殿湯駅下車
高速バス:仙台駅前からミヤコーバス・仙台 - 鳴子線で中野温泉または東鳴子赤湯下車。
铁路:乘坐陆羽東线 在鸣子御殿汤车站下车
高速客车:在仙台车站前乘坐宫城交通巴士·仙台 - 鸣子线 在中野温泉或是东鸣子赤汤下车。
泉質
泉质
食塩泉
重曹泉
芒硝泉
食盐泉
小苏打泉
芒硝泉
湧出場所により泉質の違いがみられるが、それら多くに共通しているのは、植物腐食成分を含むモール泉の性質を持つことである。モール臭とよばれる鉱物系のにおいがあり、一部の湯ではこれに重油・シンナー様のいわゆる「アブラ臭」が加わっている。
温泉涌出的地点不同,泉质也不同,但是大多数都是含有植物腐蚀成分,拥有植物温泉的性质。具有被称为植物气味的矿物质味道,部分温泉还多了一种像柴油稀释剂一样的被称为“油味”的味道。
陸羽東線と江合川に囲まれた赤湯地区では、「赤湯共同源泉」と称される、いくつかの源泉をブレンドした湯が共同配湯されている。陸羽東線より東南側には、田中温泉・高友旅館黒湯・中野温泉・馬場温泉などの個性的な湯が湧く。江合川の向かい側、赤這地区ではこれらとはまた違うさまざまな湯が湧出している。
在陆羽东线和江合川包围的赤汤地区,被称为“赤汤公共源泉”,混合了很多种泉水然后共同分配。从陆羽东线往东南方向,有田中温泉・高友旅馆黑汤・中野温泉・马场温泉等充满个性的温泉涌出。江合川的另一边赤这地区,有着各种类型不同的温泉涌出。
温泉街
温泉街
14軒の旅館が存在する。温泉街は大きく分けて3つに分けられる。駅周辺部、江合川対岸、駅から東南へ旧道を国道47号に向かって歩いていった方面に点在する温泉である。駅東南側の温泉はそれぞれ地域の字を冠した温泉を名乗っている。馬場温泉、田中温泉、中野温泉などである。
拥有14家旅馆。温泉街大致上分为3块。车站周边、江合川对岸、从车站往东南方向走旧路通往国道47号,散步了很多温泉。车站南侧的温泉分别被冠上各自地域的名字。像马场温泉、田中温泉、中野温泉等等。
古くから湯治場として開けたことから、素泊まりや自炊部、また混浴浴場を有する旅館が多い。
从古代开始就作为治疗温泉开放。很多旅馆都拥有纯住宿(不含吃饭)、自己做饭的厨房、混浴浴场等设施。
東鳴子温泉「高友旅館」
歴史
历史
開湯の伝説は2つ存在する。1つは、平家の落人が仁治元年に発見したとする説。もう1つは天平19年にこの地に玉造軍団が設置された際には既に温泉は存在したとする説である。
发现温泉的传说有两个。一个是平家的败者在仁治元年发现。另一个是天平19年,当地的玉造军团在设立时温泉就已经存在了。
江戸時代には仙台藩藩主専用の風呂である御殿湯も置かれた。仙台藩の御殿湯は青根温泉にも置かれた。現在の最寄駅の駅名はこれに由来する。
江户时代作为仙台藩藩主专用的温泉,被设立为御殿汤。仙台藩的御殿汤还有青根温泉。现在最近的车站名字也是以温泉名来命名的。
明治43年に発生した山崩れで温泉街は一度壊滅したが、その後復興している。
明治43年发生的山崩曾使温泉街一度毁掉,之后又开始复兴起来。


